【追悼】 写真で振り返る 英王室のフィリップ殿下、99歳で死去

画像説明, エディンバラ公フィリップ殿下は1921年6月10日、ギリシャのコルフ(ケルキラ)島で生まれた。家系図にはデンマーク、ドイツ、ロシア、イギリスの王室や皇室との親族関係が多岐にわたり入り組んでいる。写真は1977年のフィリップ殿下

イギリス王室のバッキンガム宮殿は9日、エリザベス女王の夫、エディンバラ公フィリップ殿下がウィンザー城で亡くなったと発表した。99歳だった。

欧州の複数の王室・皇室と血縁関係にありながら、確たる居場所のない家の子供として、ギリシャ・コルフ(ケルキラ)島で1921年に生まれた。政変後のギリシャから一家が追放された後、英仏独の小学校や英スコットランドの寄宿学校で学んだ。英海軍に従軍した後、イギリス王室の王女と結婚した。

夫として長きにわたり女王と王室を支え続けた生涯を、写真で振り返る。

動画説明, 【追悼】フィリップ殿下、軍人で夫で父親で 英女王を支えた生涯

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画像説明, フィリップ殿下はギリシャのアンドレアス王子とバッテンベルク家のアリス妃の間に生まれた。欧州の複数の王室・皇室と血縁関係にあったが、一家がギリシャでの政変で故郷を追放された後は、確かな拠り所と言える国がなく、移住と改姓を繰り返した

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画像説明, ギリシャを追放されて間もない母アリス妃とフィリップ殿下

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画像説明, 「ギリシャのフィリップ王子」(左から2人目)としてフランス・サンクルーのマクジャネット・アメリカン・スクールに入学した後、7歳で英イングランドの親類マウントバッテン家のもとへ身を寄せた。イングランド南部サリーの学校で学んだ後、短い間ドイツの小学校でも学んだ

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画像説明, 家族から離れ、ドイツの小学校を経て、英スコットランドの寄宿学校ゴードンストンに入学。スポーツマンとして活躍した。写真はゴードンストン在学中、16歳の殿下

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画像説明, この写真は、エリザベス王女(当時、左から3人目。現女王)と、海軍士官候補生だった「ギリシャおよびデンマーク王家のフィリップ殿下」(右後方の白い制帽姿)が、初めて同時に撮影されたものと思われている。王女は13歳、殿下は18歳だった。前列中央にエリザベス王女の両親、ジョージ6世とエリザベス王妃がいる。1939年7月23日、英南西部ダートマスの海軍兵学校で

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画像説明, 第2次世界大戦中、フィリップ殿下は英海軍戦艦ヴァリアントで士官候補生として勤務した。1941年にイタリア艦隊がギリシャ沖に封じ込められた際には、敵艦を照らすサーチライトを指揮し、後に殊勲報告書で取り上げられた

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画像説明, イギリス国民となりフィリップ・マウントバッテン中尉となった殿下は、エリザベス王女と婚約。1947年7月に正式に発表された

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画像説明, 婚約を発表した直後の若いロイヤル・カップル。バッキンガム宮殿の外で

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画像説明, エリザベス王女と、エディンバラ公爵になったばかりのマウントバッテン中尉は、1947年11月20日に結婚した
動画説明, 後のエリザベス英女王とフィリップ殿下、1947年のロイヤル・ウェディング

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画像説明, 1950年10月に長男チャールズ王子(現・皇太子)と、生後2カ月のアン王女と共に

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画像説明, 1951年にトルコ・マルマリスで水上スキーを楽しむ殿下。砂浜に到達して飛び降りる瞬間をカメラマンがとらえた。英護衛艦マッグパイ(カササギ)の司令官として最後の勤務地でのひとこま

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画像説明, エリザベス女王即位翌年の1953年6月に行われた戴冠式では、フィリップ殿下が真っ先に女王の前にひざまずき、忠誠を誓った

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画像説明, フィリップ殿下はイギリス有数のポロ選手でもあった。この写真ではローハンプトン杯の準決勝に出場している

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画像説明, フィリップ殿下は熱心なクリケット選手でもあった。この写真では、元イングランド代表のスター選手たちと組んだチームで、ノーフォーク公爵のチームと試合に臨んでいる
画像説明, フィリップ殿下とエリザベス女王は4人の子供をもうけた。写真は1960年代のもので、子供たちは(左から)エドワード王子、アンドリュー王子、アン王女、チャールズ皇太子

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画像説明, エリザベス女王が愛するスコットランドの邸宅バルモラル城の領地を銀婚式の際に訪れた夫妻

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画像説明, 女王の即位25周年を祝い、フィリップ殿下はエリザベス女王と共に1977年2月にニュージーランドを訪れた。夫妻はここでニュージーランド・ポリネシア祭の開会式に出席し、マオリの羽の装束を身に着けている

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画像説明, 1977年後半に女王夫妻は王室ヨット「ブリタニア号」でカリブ海のバルバドスを訪れた。写真では近くを通過したコンコルド機に手を振っている

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画像説明, 1979年8月、女王のいとこでフィリップ殿下のおじにあたるルイ・マウントバッテン卿が、アイルランド革命軍(IRA)の爆弾によってアイルランド沖で死亡した。フランス北部ノルマンディーで馬車レースに参加していたフィリップ殿下は、急ぎ帰国。マントバッテン卿の葬儀は同年9月5日、 ウェストミンスター寺院で行われた。写真では棺の後ろを、エリザベス女王を先頭に、フィリップ殿下、エリザベス王太后 、チャールズ皇太子と続いている

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画像説明, 自然を愛し環境保護を重視したフィリップ殿下は、世界自然保護基金(WWF)の名誉総裁にもなった。写真は1983年にインド・カーナ保護区を訪れた殿下

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画像説明, 1985年に女王誕生日の大閲兵式に出席し、バッキンガム宮殿のバルコニーから空軍機の儀礼飛行を見上げるフィリップ殿下(左端)。隣はエドワード王子。黄色い服のアン王女、赤ちゃんのハリー王子を抱いたチャールズ皇太子とダイアナ妃が並ぶ。皇太子の前にウィリアム王子

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画像説明, 1996年に初めてイギリスを南アフリカ大統領として公式訪問したネルソン・マンデラ氏に付き添い、バッキンガム宮殿に近いホース・ガーズ・パレードで儀仗兵を閲兵するフィリップ殿下

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画像説明, 2002年の女王即位50周年記念でロンドン西部の市場を訪問した女王夫妻

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画像説明, 1956年には若者の育成を支援するエディンバラ公爵賞を創設。2010年にはエディンバラのホリールード宮殿で金賞受賞者と談笑した

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画像説明, 馬車レース競技にも熱心に参加し続けた。写真は英南東部ノーフォークで開かれた大会に出場した殿下

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画像説明, 2011年4月29日には孫息子のウィリアム王子がキャサリン・ミドルトンさんと結婚し、ケンブリッジ公爵夫妻となった

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画像説明, 2012年6月3日には女王即位60周年の式典が行われ、女王夫妻は1000隻の船団を率いてテムズ川をタワーブリッジまで下った。降りしきる雨の中、約11キロを80分かけて移動するなか、女王夫妻は船上で起立し続けていた。ただしこの翌日、殿下は膀胱炎のため入院することになった

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画像説明, 回復後に殿下は2012年7月末から始まったロンドン夏季五輪で、娘のアン王女と共に馬術競技を観戦。孫娘のザラ・フィリップスさんがイギリス代表チームの一員として出場していた。

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画像説明, 2013年6月には女王の戴冠式60周年を記念し、ウェストミンスター寺院での式典に出席した

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画像説明, 2014年には女王と共に北アイルランド各地を歴訪した。写真で殿下は、ベルファストのヒルズバラ城で来館者帳に記帳している

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画像説明, 2015年5月9日には、 第2次世界大戦・欧州戦勝70周年をウィンザー城で記念し、200以上のたいまつの一つ目に火を灯した

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画像説明, 2016年10月に英南西部ドーチェスターで、エリザベス女王の母、故エリザベス王太后の像の除幕式にエリザベス女王と出席した、フィリップ殿下と息子チャールズ皇太子

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画像説明, 2017年4月に女王夫妻は英中部ベッドフォードシャーの動物園で新しいゾウ保護センターの開所式に出席した。しかしその翌月には、95歳で公務引退を発表した

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画像説明, 2017年5月22日、英北部マンチェスターで開かれた米歌手アリアナ・グランデさんのコンサート会場で無差別爆破事件があり、23人が死亡し1000人以上が負傷した。翌23日に女王夫妻はバッキンガム宮殿の園遊会の冒頭で、被害者のため1分間の黙祷(もくとう)を捧げた

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画像説明, フィリップ殿下は、王女から女王となった妻を70年以上にわたり支え続けた

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