BBCの新会長、米グーグル元幹部マット・ブリティン氏が就任へ

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英公共放送BBCは25日、次期会長に米テクノロジー大手グーグルの元幹部マット・ブリティン氏(57)が就任すると発表した。
ブリティン氏は、グーグルで欧州・中東・アフリカ地域担当責任者などを歴任。18年間務めたグーグルを昨年退社した。BBCのティム・デイヴィー現会長の後任として、5月18日に新会長に就任する。
デイヴィー氏は、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」が行ったドナルド・トランプ米大統領の演説の編集が、視聴者に誤解を与えたとの批判が上がったことを受け、昨年11月に辞任を表明していた。
BBCのサミール・シャー理事長は、ブリティン氏について、「注目度が高く、極めて複雑な組織を率いて変革を成し遂げた、その豊富な経験をBBCにもたらす」だろうと述べた。
ブリティン氏は、「真のリスクであると同時に真の機会をもたらす瞬間でもある」とし、「この仕事を始めるのが待ちきれない」と述べた。
そして、「複雑で不確実かつ急速に変化する世界において、あらゆる人のために機能する、活気あるBBC」をイギリスは必要としているとした。
ブリティン氏は新会長としてのアジェンダを述べるなかで、こう付け加えた。「BBCには、現場と、視聴者がいる場所の両方に対応するためのスピードとエネルギーが必要だ。今日の到達度や信頼、創造的な強みを土台とし、勇気をもって課題に立ち向かい、未来にふさわしい公共放送として発展しなければならない」。
「抜本的な改革」
シャー理事長は、ブリティン氏を、「メディア市場や視聴者の行動様式に生じている多くの変化を乗り越え、組織を導くために必要な能力を備えた」「卓越したリーダー」だと評価。
さらに、ブリティン氏の「BBCに対する情熱、組織(BBC)が直面する課題への理解、(BBCの)独立性に対するコミットメント、そしてBBCを英国有数の国家資産として維持する決意」を称賛した。
新会長の就任は、政府がBBCとのロイヤル・チャーター(憲章、特許状)を見直す「重大な時期」にあたるとも、シャー理事は述べた。
「BBCそのものと資金調達モデル、そして運営枠組みについて、抜本的な改革が必要であることは明らかだ。BBCと公共放送の未来にとって、かつてないほど重大な局面にある」
こうした中、BBCが、公共サービスや伝統的な編集・放送分野ではなく、テクノロジー分野の経歴を持つ人物を会長に起用することに、一部から疑問の声が上がっている。
BBCの元会長で、米CNNの現最高経営責任者(CEO)兼会長のマーク・トンプソン氏は、この人事を歓迎した。
「大胆かつ興味深い人選であり、未来への先行投資であることは明らかだ」と、トンプソン氏は述べた。「マット・ブリティン氏には放送業界やジャーナリストの経歴はないが、歴代会長にはなかったスキルと経験をこの職にもたらすことになる」。
「彼は真に公共心がある、戦略的な人物だ。興味深く、期待の持てる人選と言える」

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BBCの会長職は、イギリスのメディア業界で最も過酷な職務の一つとみなされている。
第17代会長のデイヴィー氏は在任中、BBCでの一連のスキャンダルや危機的状況への対応を担ってきた。
新会長に就任するブリティン氏の優先課題の一つは、トランプ米大統領がBBCを相手に起こした、数十億ドル規模の名誉毀損訴訟への対応だ。
トランプ氏は昨年12月、2021年1月6日の米連邦議会襲撃事件の前に行った自身の演説の編集で名誉を傷つけられたとして、BBCに50億ドル(約7740億円)の損害賠償を求める訴訟を起こした。
米フロリダ州の裁判所に提出された書類によると、トランプ氏はBBCを名誉毀損と、フロリダ州の消費者保護法(欺瞞的・不公正商慣行法)違反で訴え、それぞれについて50億ドルずつの損害賠償を請求した。
BBCは昨年11月にトランプ氏に謝罪したものの、賠償要求は退け、「名誉毀損の根拠はない」との見解を示している。
問題となっている報道番組「パノラマ」のドキュメンタリーは、2024年米大統領選の直前にイギリスで放送された。このドキュメンタリーに関するBBC内部からの流出したメモを英紙デイリー・テレグラフが昨年11月初めに報道し、初めて大きな注目を集めた。
BBCの編集指針基準委員会の元外部独立顧問が書いたこのメモは、トランプ氏の演説の一部が編集され、2021年1月の連邦議会議事堂襲撃を明示的に扇動したかのように示唆する形になっていることに懸念を示していた。
トランプ氏はこの演説で、「議会議事堂まで歩いて行き、勇敢な上院議員や下院議員の男女を応援する」と述べた。
しかし、「パノラマ」はこれを編集で、「議会議事堂まで歩いて行き(中略)私もあなたたちとそこにいる。そして私たちは戦う。死に物狂いで戦う」と話したようにした。つなぎ合わせた二つの発言は、50分以上離れていたものだった。
演説全体では、トランプ氏は「戦う」または「戦っている」という言葉を、さまざまな場面で、合計20回使用していた。
BBCは、「パノラマ」はアメリカで放送されておらず、トランプ氏の名誉を毀損していないと主張。先週には、トランプ氏の訴えを棄却するよう裁判所に求めた。
岐路に立つBBC
BBCは「パノラマ」の編集以外にも、重要な局面に直面している。ブリティン氏はこうしたタイミングで新会長に就任する。
BBC憲章(英語)や、受信料およびBBCの資金調達の将来に関する政府との交渉を、ブリティン氏は継続していくことになる。
BBC憲章(特許状)は、BBCの規則義務などを定めたもの。現在のものは2027年末に失効する。
ブリティン氏の会長就任は、BBCがデジタルメディア市場でテクノロジー大手と競合している時期にも重なる。
BBCは最近、ユーチューブ向けの特別コンテンツを制作するという画期的な契約を締結したと発表した。ユーチューブは、グーグルの親会社アルファベットが所有している。
テクノロジー大手での経歴、強みになるか
ケイティー・ラザルBBCメディア編集長は最近、ブリティン氏についてグーグル内部の人たちから聞こえてくるのは「人々にインスピレーションを与えるリーダーで、優れたチームプレイヤーだという良い評価ばかりだ」と報告している。
ブリティン氏には、グーグルの法人税をめぐる問題で追及を受けたことを除けば、番組制作や放送業界での経験、本格的な編集経験もない。
しかしラザル編集長は、ブリティン氏が「テクノロジー大手の内部事情に精通していることから、BBC理事会によって選ばれた。ニュースなどの分野において、デジタル化を加速させる役割が期待されている。(ブリティン氏は)BBCの配信サービスiPlayerの変革と革新にも注力することが見込まれる」としている。
BBC番組「ニューズナイト」の元編集長で、グーグル時代にブリティン氏と働いたことのあるピーター・バロン氏は、ブリティン氏が「公共奉仕の精神に強く突き動かされている」と語った。
「彼は、信頼できるニュースと創造性を備えたBBCが大好きだ。その一方で、技術の先駆者としての歴史にも強い関心を抱いている」
「ストリーミングの影響力、オンライン上の誤情報、あるいは単に人々がコンテンツをどのように消費したいと考えているかなど、BBCが直面する最大の課題の多くはテクノロジーと結びついている。そうした世界で、BBCが反映することを、彼は望んでいる」と、バロン氏は述べた。
「彼のテクノロジー業界全体での経験と人脈、放送局やニュース業界、規制当局、各政府と築いてきた関係を考慮すれば、こうした課題に対処するのに非常に適した人材だと思う」
マット・ブリティン氏とは

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ブリティン氏は英サリー州ウォルトン・オン・テムズ出身。ケンブリッジ大学で学位を取得した。在学中にはボート選手として活躍し、オックスフォード大学との対抗戦に3度出場した。
1989年のボート競技の世界選手権では、イギリス代表の一員として銅メダルを獲得した。
ケンブリッジ大学卒業後はロンドン・ビジネススクールに進学し、修士号を取得。その後、英大衆紙などを発行するトリニティ・ミラー社(現リーチ)で商務ディレクターや戦略・デジタル担当ディレクターを務めた。
2007年にグーグルに入社し、2年後に英国事業ディレクターに就任。2011年には北欧・中欧担当副責任者に、2014年には欧州・中東・アフリカ地域担当責任者に就任した。

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昨年にグーグルを退社すると、「ミニ・ギャップイヤー」を取った。「ギャップイヤー」とは、進学や就職の前にさまざまな経験を積む期間のことで、英米ではめずらしくない。
ブリティン氏は余暇の過ごし方について、ソーシャルメディア「リンクトイン」でこう語っている。「すでにひげが伸びている。1人乗りのスカルボートを買った。息子がインストラクターの資格を取得したら、スキューバダイビングを習うつもりだ」。
昨年には英ガーディアン・メディア・グループの非常勤取締役に就任したが、現在は同職を退いている。
今年1月の新年の叙勲では、テクノロジーとデジタル・スキルへの貢献が認められ、大英帝国勲章司令官(CBE)を授与された。
テレビとの関わりについては昨年、慈善団体「ロイヤル・テレビジョン・ソサエティ」に対し、「テレビを見て学び、そこから受けた価値観は、私の人生において何よりも大きく自己形成に影響を与えた」と語った。
「私は、『モレカム・アンド・ワイズ』、『ナイン・オクロック・ニュース』、『ノット・ザ・ナイン・オクロック・ニュース』、『サンダーバード』『キャプテン・スカーレット』、それから特に『ドクター・フー』に影響を受けた」
「テクノロジー業界で働く多くの人は、そうした番組での科学や技術の描写に影響を受けて育ってきた」
グーグルの法人税問題で追及
ブリティン氏はグーグル時代、英議会委員会に出席し、グーグルがイギリスで納めている法人税の額をめぐり、厳しい追及を受けたことがある。
2012年と2013年には、グーグルが適正な税額を納めているかどうかについて議員らと激しい議論となり、同社を擁護した。
この論争をきっかけに、いわゆる「グーグル税」が導入され、2016年には同社が1億3000万ポンドの追徴課税の支払いに合意した。政府はこの合意を「勝利」と評価した一方、批判の声もあがった。
ブリティン氏は同年、再び議会委員会に出席。自分が給与をいくらもらっているか知らないと述べ、議員たちの不信感を買った。
5月に新会長に就任すれば、ブリティン氏は議会委員会でまたしても厳しい追及にさらされることになるだろう。デイヴィー現会長もこれまでに何度も、そうした場面に立たされてきた。
ブリティン氏の「ミニ・ギャップイヤー」は残り2カ月を切っている。
年俸は前任者と同じ56万5000ポンド(約1億1900万円)だ。副会長の任命が、就任後最初の任務の一つとなる。










